気球クラブ、その後 
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『自殺サークル』の鬼才・園子温が、荒井由実の名曲「翳りゆく部屋」をモチーフに描いた青春群像ドラマ。かつてのサークル仲間の死をきっかけに再会した若者たちが、それぞれの青春を振り返り人生を見つめ直していく。
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気球クラブ、その後の作品情報
| レンタル開始日 | : | 2007-05-11 |
| 制作年 | : | 2006年 |
| 制作国 | : | 日本 |
| ジャンル | : | 邦画 / ドラマ / 青春 |
| 品番 | : | TDV17142R |
| 制作 | : | 富田敏家 |
| 脚本 | : | 園子温 |
| 収録時間 | : | 93分 |
| メーカー | : | セディックインターナショナル |
| 音声仕様 | : | 日:ドルビーステレオ |
| 面層 | : | 片面1層 |
| 色 | : | カラー |
| 画面サイズ | : | ビスタ |
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気球クラブ、その後のレビュー
現在4件のレビューが投稿されています。
評価分布
| 星5つ | (1) | |
| 星4つ | (1) | |
| 星3つ | (1) | |
| 星2つ | (1) | |
| 星1つ | (0) | |
レビュー総合評価
(3.5点)
「2001年9月12日」のテロップ。川村ゆきえさんの桃色の下着のパンツには「Happy Go Lucky」の文字。次のテロップには「午前11時20分」。微かに聞こえるラジオの話題は「アメリカ同時多発テロ」。おそらく、アメリカ東部時間はまだ「9.11」のはずです。確か、日本の小泉元首相さんが記者会見を開いたのは、この時間帯だったと思います。「うわの空気球クラブ」のメンバーが気球を上げる場所は、渡良瀬川の河畔です。ただ単に、渡良瀬川周辺が日本の熱気球の中心地だけなのかもしれませんが、渡良瀬川は有名過ぎるくらいに有名な河川です、足尾鉱毒事件の舞台として。「午後1時38分」の字幕と同時に、日本共産党の街頭ポスターが明確に映し出されます。思えば、「うわの空気球クラブ」のメンバーの大半は、1996年当時若者だった世代。つまり、少なくとも東京オリンピックが開催させた1964年以降に生まれた世代の中では、就職時期がバブル崩壊、平成大不況、失われた10年、就職超氷河期と呼ばれた時期に重なってしまい、最も割を食った世代です。園子温監督さんの映画を見るのはおそらく初めてですが、「ぴあ シネマクラブ」のこの映画の解説によりますと、「強烈な毒と社会批判を匂わす作品の多い」監督さんらしいので、以上の、映画そのものの本筋の内容とはあまり関わりのない表現、設定が、単に時代背景を説明しているだけのものなのか、あるいは確たる政治的意図に則ったものなのか、私にはさっぱり分らなかったですから、どなたかお詳しい方に、ぜひこの映画の解説をお願いしたいです。
1人が参考になったと評価しています。
軽佻浮薄な若い人間たちのどうでもいい生活ぶりを学生のノリで描いていて、携帯で連絡を取り合う冒頭だけでうんざりした。どいつもこいつも薄っぺらで、底が浅くて、そいつらが集まった飲み会の空々しい馬鹿騒ぎなどは正視に堪えない。
と、不満ぷんぷんで我慢しながら観つづけていると、そういう薄さは承知のうえで作っていることがわかってくるが、不快感は消えなかった。後日談のパートになってようやくいい雰囲気にはなってくるものの、エピソードの内容にも共感には至らず。ところどころの映像と永作博美の演技はよかったが、結局、不快作だった。
と、不満ぷんぷんで我慢しながら観つづけていると、そういう薄さは承知のうえで作っていることがわかってくるが、不快感は消えなかった。後日談のパートになってようやくいい雰囲気にはなってくるものの、エピソードの内容にも共感には至らず。ところどころの映像と永作博美の演技はよかったが、結局、不快作だった。
映像の詩人、園子温監督が、青春群像劇として、軽い映像でその余韻や翳りに深い詩情を歌い上げた映像作品。携帯世代の今時の若者の日常はカッコよすぎるが、何かを求めて結集した、サークルの盛り上がりや宴会の様子などは、時代を経ても普遍なものを感じ懐かしい。学生のサークルで一緒の仲間でも、卒業して5年も経つと、社会人としての日常に振り回されていて、その当時の熱気を忘れつつある。大空に舞い上がる気球と、そこから見晴らした地上の広さなど、その開放感が青春のよき時代とは言えるが、そんな青春時代はウワノソラ(人の気持ちをチュウズリにして)だったのでしょうか。
冒頭気球クラブのリーダー村上が事故にあったことを昔のメンバーが携帯電話で知らせ合うのだが、そのときの彼らの風情が、無気力、怠惰、フマジメかつ猥ら(乳くりあいながら電話をしている)で、悪い印象をもってしまった。このあたりは、若い世代であれば、あれが当然と感じるのかもしれない。その後は当時の回想シーンや、村上を偲ぶ集まりの様子、などが続き、それはそれなりに美しい映像であったり、楽しい青春のひとこまといった印象を与えるものであった。園子温監督作品は他に「紀子の食卓」を見ているが、それよりはずっと分かりやすい普通の映画だ。しかし、甘くもあり、苦くもある青春の思い出をノスタルジックに描いたという作品ではなく、かといって、それぞれの思い出から村上の人物像を浮かび上がらせようとした作品かというと、それとも違う感じである。やはり分かりにくさが残った。




