ダウト 〜あるカトリック学校で〜 

“疑い”という人間の心に巣食う闇を大胆に浮き彫りにしたヒューマンサスペンス。N.Y.にあるカトリック学校内で、神父と黒人生徒との“不適切な関係”に疑惑を抱いたシスター・アロイシスは、神父を執拗に追い詰めていく。主演はメリル・ストリープ。
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ダウト 〜あるカトリック学校で〜の作品情報
| レンタル開始日 | : | 2009-08-19 |
| 制作年 | : | 2008年 |
| 制作国 | : | アメリカ |
| ジャンル | : | 洋画 / ミステリー・サスペンス / ドラマ |
| 品番 | : | VWDP3845 |
| 原題 | : | DOUBT |
| 制作 | : | スコット・ルーディン , セリア・D・コスタス |
| 脚本 | : | ジョン・パトリック・シャンリィ |
| 収録時間 | : | 103分 |
| メーカー | : | ウォルト・ディズニー・スタジオ・ホーム・エンターテイメント |
| 音声仕様 | : | 英:ドルビーデジタル5.1ch、日:ドルビーデジタル5.1ch |
| 特典 | : | 舞台から映画へ、出演者のインタビュー、ストーリーに寄り添う音楽、モデルとなったシスターたち、音声解説−ジョン・パトリック・シャンリィ |
| 面層 | : | 片面2層 |
| 色 | : | カラー |
| 字幕 | : | 日・英・吹 |
| 画面サイズ | : | ビスタ |
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ダウト 〜あるカトリック学校で〜のレビュー
現在14件のレビューが投稿されています。
評価分布
| 星5つ | (2) | |
| 星4つ | (10) | |
| 星3つ | (2) | |
| 星2つ | (0) | |
| 星1つ | (0) | |
レビュー総合評価
(4.0点)
この作品はもともとは戯曲であり、演劇の世界。
演劇の場合、観客は忍耐強く、息をとめてシーと見守る
ようなところがあるのだが、映画の観客には通用しない。
戯曲を書いた本人が自身でメガホンをとってこの作品。
密室に近い濃密な台詞劇の世界を巧みに映画の「文法」に
のせることに成功している。まずはそのことに舌を巻く。
派手なドンパチアクションがあるわけではないので、
通常のハリウッド映画に比べれば「大人」の観客である
ことが求められるが。。。
それにしてもなんとも濃密な演技合戦。役者冥利に尽きる。
ヴィオラ・デイヴィス:黒人生徒の母役。
出番は非常に少ないのだが、そこにさまざまなことが凝縮する
おいしい役を演じきっている。
メリル・ストリープとフィリップ・シーモア・ホフマン:
静かな動きの少ない画面の中で凄い演技の火花。息をのんだ。
エイミー・アダムス:よくこんなとんでもない役者達と
共演したものだと思う。血気迫る演技の洪水の中、相当な
消耗を強いられたはず。しかし、この映画の救い、天使は
彼女の存在なのです。彼女の声質、くりくりっとした瞳。
すっかり魅せられファンになってしまいました。
演劇の場合、観客は忍耐強く、息をとめてシーと見守る
ようなところがあるのだが、映画の観客には通用しない。
戯曲を書いた本人が自身でメガホンをとってこの作品。
密室に近い濃密な台詞劇の世界を巧みに映画の「文法」に
のせることに成功している。まずはそのことに舌を巻く。
派手なドンパチアクションがあるわけではないので、
通常のハリウッド映画に比べれば「大人」の観客である
ことが求められるが。。。
それにしてもなんとも濃密な演技合戦。役者冥利に尽きる。
ヴィオラ・デイヴィス:黒人生徒の母役。
出番は非常に少ないのだが、そこにさまざまなことが凝縮する
おいしい役を演じきっている。
メリル・ストリープとフィリップ・シーモア・ホフマン:
静かな動きの少ない画面の中で凄い演技の火花。息をのんだ。
エイミー・アダムス:よくこんなとんでもない役者達と
共演したものだと思う。血気迫る演技の洪水の中、相当な
消耗を強いられたはず。しかし、この映画の救い、天使は
彼女の存在なのです。彼女の声質、くりくりっとした瞳。
すっかり魅せられファンになってしまいました。
保守的で頑迷なカトリック学校の校長であるシスター・アロイシアス(メリル・ストリープ)が、リベラルで型にはまらないフリン神父(シーモア・ホフマン)に黒人男子生徒との間の不適切な関係があるといって執拗に弾劾する。そこには2人の性格的な「合わなさ」があるのだが、それにしてもその攻撃は理不尽であり、陰湿で不愉快である。しかし見ているうちに、黒人生徒にはホモセクシャルな性向があるようでもあり、「もしかしたら本当にそういうことがあるのかもしれない」という気になっていく。そしてフリン神父は、その説くところは立派なのだが、アロイシアスに、前任地での行状をそこにいるシスターから聞き出した、といわれるとそれは教会のルールに反している、ちゃんと組織を通せなどと権威主義的なことを言い出してしまって、リベラルで民主的というのは建前だけなのではないか、という気がしてくる。こういうミステリアスな、真偽不明な気持にさせられるところは映画を見る1つの醍醐味であって、例えばC.イーストウッドの「チェンジリング」とか「グラン・トリノ」のように整っていて是非善悪がはっきりしている映画と対照的である。そしてメリル・ストリープとシーモア・ホフマンの対決、掛け合いでの千両役者ぶりが見事であり、脇役の狂言回し役の新人教師シスター・ジェイムズ(エイミー・アダムス)と黒人生徒の母親(ヴィオラ・デイビス)などもとても上手い。黒人の公民権運動が結実期を迎え、ベトナム戦争が始まる直前、初めてのカトリックの大統領ケネディが暗殺された1963年という時代背景も感じることができ、2009年に公開された映画のなかで屈指の作品と評価されることだろう。ただ、エイミー・アダムスの新人教師の人物が良く描かれておらず、校長に反感を持ちながらなぜフリン神父のことを密告するようなことをするのか、ストーリーを進めるためのご都合主義という気がしてしまう。また感動的というわけではなく、繰り返し見たいか、というとそういう気にはならないだろうという映画ではある。
うっわー、怖い、怖い、本当に怖い!何が怖いって、自分自身ですら量れない人間の心の奥底にある感情の動き、そこにある漆黒の闇が怖い。でも怖いだけじゃない。その上、悲しい。
ジャンルは「ミステリー・サスペンス」とされていたけれど、本質的にはそういう映画ではないと思う。実に重厚に作られたドラマで、人間の在りようを描いている作品です。だから「謎解き」とか「わかりやすい起承転結」を求める向きにはオススメはしません。しかし最後の3分間、こここそがこの映画の肝だと思うのですが、メリル・ストリープの迫真の演技は鳥肌モノです。
たまたま最近、自分自身「共感」という感情より尊いものってあるだろうか、というようなことを考えていたタイミングだったので、物語自体も胸に響くものがありました。「正しさ」と「共感」だったら「共感」に軍配が上がるよなぁ。というか、これらってそもそも同じ土俵で量れる価値ではないよなぁ。
作品冒頭、フィリップ・シーモア・ホフマンの「疑い」「不信」に関する説教が心に沁みました。そうした「疑い」「不信」との向き合い方を彼はここで語っているのに、この言葉がシスターにはけっきょく通じなかったというのが、これまた悲しい。
神父の「不寛容」の説教も聞きたかったな…。
ジャンルは「ミステリー・サスペンス」とされていたけれど、本質的にはそういう映画ではないと思う。実に重厚に作られたドラマで、人間の在りようを描いている作品です。だから「謎解き」とか「わかりやすい起承転結」を求める向きにはオススメはしません。しかし最後の3分間、こここそがこの映画の肝だと思うのですが、メリル・ストリープの迫真の演技は鳥肌モノです。
たまたま最近、自分自身「共感」という感情より尊いものってあるだろうか、というようなことを考えていたタイミングだったので、物語自体も胸に響くものがありました。「正しさ」と「共感」だったら「共感」に軍配が上がるよなぁ。というか、これらってそもそも同じ土俵で量れる価値ではないよなぁ。
作品冒頭、フィリップ・シーモア・ホフマンの「疑い」「不信」に関する説教が心に沁みました。そうした「疑い」「不信」との向き合い方を彼はここで語っているのに、この言葉がシスターにはけっきょく通じなかったというのが、これまた悲しい。
神父の「不寛容」の説教も聞きたかったな…。
1人が参考になったと評価しています。
元は舞台劇だという。だからだとは思うが、二人、三人の演技合戦がスゴイ。
従って、見所はそれらの会話劇・・・これに尽きる。しかもテーマは「疑い」で一貫している。だから濃い。
まず、校長、若い教師、神父の三人芝居。非常にスリリングで電話などの小道具の使い方も恐ろしい。
そして校長、件の生徒の母親との二人芝居。歩きながらの淡々とした会話だが、収束しないもどかしさと母親の感情の噴出が悲しい。
さらに、この映画のハイライトである、校長と神父の会話バトル。もはや「戦闘」といってよいが、激情の交叉があまりにも熱く、目を伏せたくなるくらいだ。
ラストの校長と若い教師との会話は、校長のモノローグに終始するが、ここに来て、改めてメリル・ストリープの圧倒的な演技力というか、凄さに脱帽してしまう。
従って、見所はそれらの会話劇・・・これに尽きる。しかもテーマは「疑い」で一貫している。だから濃い。
まず、校長、若い教師、神父の三人芝居。非常にスリリングで電話などの小道具の使い方も恐ろしい。
そして校長、件の生徒の母親との二人芝居。歩きながらの淡々とした会話だが、収束しないもどかしさと母親の感情の噴出が悲しい。
さらに、この映画のハイライトである、校長と神父の会話バトル。もはや「戦闘」といってよいが、激情の交叉があまりにも熱く、目を伏せたくなるくらいだ。
ラストの校長と若い教師との会話は、校長のモノローグに終始するが、ここに来て、改めてメリル・ストリープの圧倒的な演技力というか、凄さに脱帽してしまう。
見事な出来ですね。主題に還元されない繊細な細部の豊かさが、多様な読解を誘発し、登場する人物の言動がみな説得力を持っていて、その中で唯一、説得力のない言動が、校長のシスターなのだが、その極めて演じ難い役を、いとも易々と演じてしまえるメリル・ストリープは、もう化け物ですな。兎も角、主役から端役まで、出てくる人物全てに光が当てられ、その確実な反映が、映画に見事な豊かさを与えている、一言、素晴らしい。
2人が参考になったと評価しています。







