ブラインドネス 
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驚異的な伝染力を持つ奇病“ブラインドネス”により、極限下に置かれた人間たちの心理や行動、恐怖を描くパニックサスペンス。爆発的な勢いで拡がっていく謎の伝染病に、政府は感染者の強制隔離を実行。だが、ひとりだけ“見えている”女がいた…。PG-12作品
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ブラインドネスの作品情報
| レンタル開始日 | : | 2009-04-03 |
| 制作年 | : | 2008年 |
| 制作国 | : | カナダ / ブラジル / 日本 |
| ジャンル | : | 洋画 / ミステリー・サスペンス / パニック |
| 品番 | : | ACBR-10651 |
| 原題 | : | BLINDNESS |
| 脚本 | : | ドン・マッケラー |
| 原作 | : | ジョゼ・サラマーゴ |
| 収録時間 | : | 121分 |
| メーカー | : | アスミック |
| 音声仕様 | : | 英:ドルビーデジタル5.1ch、日:ドルビーデジタル5.1ch |
| 面層 | : | 片面2層 |
| 色 | : | カラー |
| 字幕 | : | 日・英 |
| 画面サイズ | : | ビスタ |
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ブラインドネスのレビュー
現在20件のレビューが投稿されています。
評価分布
| 星5つ | (3) | |
| 星4つ | (2) | |
| 星3つ | (5) | |
| 星2つ | (4) | |
| 星1つ | (6) | |
レビュー総合評価
(2.6点)
馬鹿馬鹿しい! 人類の大多数が突然盲目になったら、どうなる、って? 決まってます。すべての生産活動が止まってしまう。現在あるストックで食いつなぐしかない。そのストックの奪い合いになる。所詮メクラ(確か禁止用語だったな。だから、「目の不自由な人」)だから、右往左往の奪い合い。ストックを食い尽くしたら、そこでお仕舞い。で、目の見える少数者がお互いを探し当てて新たな秩序を形成して行く、なんちゃって・・・映画は、その手前で盲目状態が解除されていく、という筋書き。停電で電気が灯ると、皆有り難さに歓声をあげる、といったところかな。それにしても、強制隔離所のエピソードの馬鹿馬鹿しさ! 配給された食料を独占したやつが、食料を梃子に権力を手にするというのだが、どメクラ(失礼! 座頭市でそう言ってたもんで)にそんなことができるもんか。しかも、権力を梃子に貴金属、次いで、女の肉体を提供させる! アホカイナ。そんなこと、糞まみれの悪臭フンプンたる中で思いつきもしないだろうし、イザリとチンバのアクロバット競技みたいで出来もしません。一人目が見える女こそ、全員の赤子の手を捻るような絶対者なのにウロウロしてる。ま、言い出せばきりがないです。どうしてこんな脚本、というより、企画が通ったのだろう。不思議です。
1人が参考になったと評価しています。
結局、人間は目が見えなくなっても
生きたいがために何でもしてしまう
という作品のように思えた。
なぜ目が見えなくなり、なぜ目が見える
ようになったのか原因が分からないまま
終わってしまった。
生きたいがために何でもしてしまう
という作品のように思えた。
なぜ目が見えなくなり、なぜ目が見える
ようになったのか原因が分からないまま
終わってしまった。
うーん、確かに最初は、あれ?どうしたの?
という感じで、ハラハラしたんですが、途中から
人間のエゴ(?)とかいう感じの内容になってしまい
残念。一人だけ見えるという恐怖をもっと別の
展開だったらよかったけど・・・
という感じで、ハラハラしたんですが、途中から
人間のエゴ(?)とかいう感じの内容になってしまい
残念。一人だけ見えるという恐怖をもっと別の
展開だったらよかったけど・・・
結局は西欧キリスト教圏の映画だ。というより、宗教映画であるとザクッといえると思う。
「聖パウロの改心」がテーマであるのは、収容所を出てすぐの教会のシーンで解ってしまう。
だから、ウィルスでもなく、その治療なども意味が無い。
収容所での修羅場なども、キリスト教的に人間が試されているのだ・・と考えれば、変に納得したりする。しかるに、主人公が目が見えるのに活躍しない・・という観客側のイライラなども意味が無いのだ。
日本人2人が重要な役割で出ているが、これはキリスト教信者のリファレンスの役割でもあるのであろう。というのも、西欧圏においては日本は、仏教圏というよりアミニズム圏であるという認識の方が高いからだと思う。
従って、我々日本人にとって、いや熱心なキリスト教信者以外の人間にとっては、ひどくつまらない映画になったと思う。
「聖パウロの改心」がテーマであるのは、収容所を出てすぐの教会のシーンで解ってしまう。
だから、ウィルスでもなく、その治療なども意味が無い。
収容所での修羅場なども、キリスト教的に人間が試されているのだ・・と考えれば、変に納得したりする。しかるに、主人公が目が見えるのに活躍しない・・という観客側のイライラなども意味が無いのだ。
日本人2人が重要な役割で出ているが、これはキリスト教信者のリファレンスの役割でもあるのであろう。というのも、西欧圏においては日本は、仏教圏というよりアミニズム圏であるという認識の方が高いからだと思う。
従って、我々日本人にとって、いや熱心なキリスト教信者以外の人間にとっては、ひどくつまらない映画になったと思う。







